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『日刊サイゾー』ラジオ批評連載コラム「逆にラジオ」第8回更新~『えのきどいちろうの水曜Wanted!!』~

『日刊サイゾー』のラジオ批評連載コラム第8回は、ずっと待ち望んでいたえのきどいちろうの新番組について。

【気づきすぎるコラムニストが、虫めがね的観察眼で見いだす小さな大発見『えのきどいちろうの水曜Wanted!!』】
http://www.cyzo.com/2012/10/post_11771.html

たんなる共感だけではなく、その共感の中にある小さな違和感を拡大してみたり、逆に大きな違和感の中に小さな共感を見つけてじっくり精査してみたり。そんな縮尺自在な視点でぐらぐらと脳が揺らされるような感覚を味わわせてくれるのが、コラムニスト・えのきどいちろうの真骨頂であり、ラジオの本領でもあると思う。



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『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』2012/10/28放送回~毒にも薬にもならない笑いの医薬部外品~

主役が楽をする番組は、やはり面白くなりようがない。それにしても、2回目にしてここまで熱量のない番組になるとは。

先週書いたことが、まさに悪いほうに当たってしまった。若手芸人(キングオブコメディ、、劇団ひとり、東京03)にネタをやらせて、主役のはずのたけしと石橋は、ただそれを傍観するのみ。若手のコントに二人が乱入するような絡みも一切なく、観たあとはただなんとなく褒めるだけで、先達らしい視点からの批評など端からする気がないし、そこから話題を特に広げることもない。初回にやや接近したかに見えたたけしと石橋の距離も、むしろ遠ざかったように感じられた。二人のこれ以上の絡みは、この先もないと諦めたほうがいいかもしれない。

大物二人がタッグを組んで番組をやる以上、二人には、番組の主役級の働きは毎回確実にしてもらわなければ意味がない。本人たちがそこまで本腰を入れるつもりがないのか、スタッフがおじけづいて何も要求できないのか、おそらく両方なのだと思うが、今回に関していえば二人は完全にその他中堅芸人と交換可能な存在だった。

そして番組後半には、コント後のやりとりが思いのほか盛り上がらず撮れ高が足りなかったのか、石橋がたけしの出演する『情報7days ニュースキャスター』に飛び入りした際のメイキング映像で穴埋めという苦肉の策。これもCDの特典映像ぐらいの内容で、特に何が起きていたというわけでもない。

とにかくこの番組に関しては皆、大物二人がどうガッツリ絡むかが観たいのであって、そういうシーンを生み出せないような企画はやる必要がない。そういう意味では、石橋が若手のコントを観て、「俺らもやらなきゃ駄目でしょう!」と意気込みをみせていたのだけがこの番組の希望だ。たけしは明らかに「火薬田ドン」以外やる気なさそうだったけど。



『解決! ナイナイアンサー お騒がせ芸能人がアノお悩みを初告白SP』2012/10/23放送回~さんまあるいは紳助のためのフォーマット~

小林麻耶にあだ名をつけるとしたら「罠」。改めてそう確信した。それに関してはなんとなく感覚で把握していただくとして、ナインティナインの新番組である。

芸能人が各界から連れてきた20人もの相談員に悩み相談をするという、『ホンマでっか!?TV』にゲストが来たときの「ホンマでっか!?人生相談」そのまんまの企画。つまりこれは明石家さんまがやるべき番組だ。もしくは無理だが島田紳助。ちなみに個人的には二人とも全肯定しているわけではない。面白いかどうかは番組によるし、もっと言えば瞬間瞬間による。ただ他の芸人にない能力を持っているということは認めざるを得ない。もちろん人格に関しては、また別の話だ。

実は最近のバラエティ番組の何割かは、さんまや紳助を司令塔として想定した上で作られている。かどうかは知らないが、結果的にそうとしか思えない作りになっている。特に『行列のできる法律相談所』や『ホンマでっか!?TV』のように、知識人を並べて芸能人と対峙させるスタイルの番組をコントロールできるのは、さんまと紳助の他にはいない。彼ら以外の芸人では、残念ながら知識人を使いこなせない。

それは別にさんまや紳助が知識において優れているというわけではなく、むしろ大学教授などの専門家に対して、堂々と「わからない」と言ってさらなる説明を求めたり、「それはおかしい」と根拠なく感覚のみで否定したりできるからだ。どんな分野の専門家に対してであろうが、おじけづくことなく徹底して一般人の態度を貫くこと。もっともらしい物言いに丸め込まれることなく、常に相手を疑いの目で見ること。

それをやりぬくには、自信も必要だが謙虚さも不可欠で、たとえば『ホンマでっか!?TV』におけるさんまは、専門家が提示した意見にさんざん拒否反応を示しておきながら、説明を聞き終えて納得するとあっさり非を認めて謝り、肯定派に転ずることがよくある。紳助の場合もそうだったが、相手が知識人であろうがなんだろうが、司会者は自分の感覚を信じて話を進め、間違っていれば後から意見を翻せば良いのであり、司会者は常に最初から正解の側につかなければならないというわけでは全然ない。むしろ最終的に賛成に回ろうが反対を貫こうが、この手の番組はまず意見を衝突させることで面白さが起動するシステムなわけで、安易に専門家の意見を鵜呑みにする(もちろん納得していれば良いが、反論の根拠がないから鵜呑みにすると決めている司会者は多い)だけでは、ただ一方的に授業を受けるだけで終わる。これでは放送大学の出来損ないである。

テレビ業界は相変わらず躍起になって、ポスト紳助を探し、ポストさんまを育てようとしている。だがそれ以前に、この二人だけが持つ特殊能力を前提とした番組作りのフォーマットを、見直すべきかもしれない。もちろんただ見直しただけでは、新しい形など生まれない。それはまあこのさき抱え続ける課題として、少なくとも神田うのと小林麻耶は司会者がちゃんと叱ってあげてください。さんざん被害者面してみんなに慰めてもらった挙げ句、最後に著書の宣伝を番組にやらせる神田うののあざとさにテレビ局は跪くのか。