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『M-1グランプリ2016』感想~改めて「漫才らしい漫才」というベタな評価軸を持ち出さねば測りきれぬほどの、まれに見る接戦~

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毎度司会者や審査員は、口を揃えて「今回はレベルが高い」と言うものだが、今回は本当にレベルが高かった。ゆえに何か強引にでも確固たる評価軸を設定しておかないと、異様に審査が難しい大会だったと思う。

きっと審査員のうちの何人かは、自分の趣味嗜好を超えたところで、「M-1のMは『漫才』のMだ」というところを拠りどころに、最終審査に望んだのではないか。そうやって、ある種自分の外に客観的な評価軸を設定しないと比べられないくらい、上位陣の実力は例年になく拮抗していたように思う。

個人的には、最終決戦に残った3組の、1本目と2本目のクオリティの差に注目していた。『M-1』の場合、優勝するためには「2本揃える」というのが至上命題となっているが、やっぱり1本目で高得点を叩き出さない限り2本目に進めない以上、どうしても1番の自信作は1本目に持ってくることが多い。

つまり2本目は、必然的にクオリティがいくらか落ちるのが当然で、あとは1本目で認知されたキャラクターの浸透力でどれだけカバーできるかの勝負になってくる。

今回の場合、最終決戦に残った3組のうち、2本目が1本目と同等のクオリティを備えていたのが和牛、若干落ちたのがスーパーマラドーナ、それよりもさらに少し落ちたのが銀シャリだと感じた。銀シャリは1本目が良すぎた、というのもある。

とはいえこの3者の2本目の出来の差は誤差に近く、つまり審査員の面々にとっても、自分内にある「面白さ」という主観的基準だけで優勝者を決めることを諦めざるを得ない状況にあったと思う。

結果、審査員は「漫才らしい漫才」という、大会名に則った至極ベーシックなメジャーを今さら工具箱から引っ張り出したうえで、もっともオーソドックスな(コント的でない)漫才スタイルで勝負した銀シャリに軍配を上げた、ということになるのではないか。

逆にいえば、「漫才らしい漫才」という評価軸を改めて持ち出させた時点で、銀シャリの勝ちが見えたということもできる。どんなジャンルにおいても、邪道が王道を打ち破るには、誰が観ても明らかなほど圧倒的に勝つしかないのだ。

それでは以下、登場順に感想を。

【アキナ】
マセた5歳児が親に浴びせかける大人びた発言の数々。
話が進んでいくにつれ、それらが徐々に名言レベルへとグレードアップしていくという尻上がりな展開。

緩急や意外性はあまりなく、巧さはあるが突出した特徴がないとも言える。

【カミナリ】
ウド鈴木的なボケ+方言ツッコミ。
というと「キャイ~ン+U字工事」ということになるが、ツッコミのパンチ力の強さも含め、当たらずとも遠からずか。

ツッコミの比重が高く、その声の大きさと大振りな腕のスイングが印象に残るが、言葉の精度もちゃんと高い。
たぶん大御所の人たちは、「そんなに殴ったらアカン」的なリアクションをすると思ったので、上沼恵美子の81点は案の定。しかし巨人師匠の91点はちょっと意外。

【相席スタート】
合コンを野球のバッティングにたとえてみせる演出は面白いが、中身の「あるある」ネタが巷間に出回っている一般的な「あるある」であり過ぎるため、根本的なエンジンパワーが弱い印象。

共感はできるものの、共感を超えない。

【銀シャリ】
ほとんど完璧といっていい漫才を見せた1本目。
ボケが一番面白くなってきたあたりで、スパッと思い切りよく次のパターンへと切り替える展開力とタイミングの妙。
中盤で一気に畳みかける箇所もあり、緩急も自在。
最小限の素材を最大限に活用する、コストパフォーマンスの異様に高いネタで、隙がなく圧巻だった。

そんな完璧な1本目に比べると、2本目はやや小粒な印象。
1本目の「ドレミのうた」というピンポイントな設定に比べると、「雑学」というやや広めなテーマ設定であったぶん、縦に深めきれないまま終わった。

それでも対等な勝負に持ち込めるだけのクオリティは備えており、2本トータルで考えるならば納得の優勝。

【スリムクラブ】
相変わらずもの凄くゆったりしたテンポにもかかわらず、「U-18の天狗」「ばあちゃんを2WDに戻してください」「僕はおばあちゃんから生まれた」「家族のトーナメント表みたいなの」など、キラーフレーズ満載でとにかく面白かった。
圧倒的に不条理な世界観と鋭利なワードセンスの相性も絶妙で、個人的には大好きだが、ついていけない人が少なくないのもわかる。

上沼恵美子はもっとわかりやすくしろと愛のムチを放っていたが、個人的には下手に観客に合わせてほしくない。もちろんわかりやすく味つけしない限り、評価してもらうのが難しいのはわかるし、まさに今回がそういう場だったわけだけれど。

【ハライチ】
昨年は独自の「ノリボケ漫才」を封印した結果、普通すぎる漫才になってしまっていたが、今年はきっちり新たなハライチを見せてくれた。

形としては、ツッコミを無視して容赦なくボケ進めていくという、ナイツやオードリー系の「すれ違い漫才」に近い。
といっても従来の「ノリボケ漫才」も、冒頭とラスト以外はまともな会話にはなっていなかったわけで、そういう意味ではハライチらしい距離感はきっちり生かされたスタイル。
しかし今回のように、「漫才らしさ」が評価基準になってくると、2人が正面からガッチリぶつかり合う「対話の妙こそが漫才」という古典的な価値観が壁になる。

だが個人的にはかなり面白く、このパターンのネタを他にも観てみたいと思った。

【スーパーマラドーナ】
スーパーマラドーナといえば武智のヤンキー感が売りだと認識していたが、今大会で田中の方のポンコツキャラがブレイク。

日常的な出来事の報告が徐々に狂気性を帯び、起承転結の「転」で衝撃の展開を見せた1本目。
田中の歩き方レベルの細かいボケもきっちり機能していて、その変態的なキャラクターを印象づけることに成功した。

それに比べると2本目はやや大味だったが、スピード感と派手なアクションによって細部をカバーして余りある勢いが生まれ、貧弱な田中が体格のいい武智をひょいと持ち上げたところで笑いが沸点に達した。

全体にもう一段階精度を高めることが出来そうな余地があり、逆にそこが伸びしろとスケールの大きさを感じさせる。
とはいえ、今回優勝してもなんの不思議もなかった。

【さらば青春の光】
「漫画やん」「能やん」「浄瑠璃やん」とツッコミワードを限定しつつ発展させていくことで、狭い設定を深く掘り下げるタイトな言葉遊び。

最後に待ち受けていた「キャッツやん」がやや言葉として弱く、ラストが尻すぼみ気味になってしまったことが悔やまれるが、他とは絶対にかぶらない設定やキーワードで勝負してくるあたり、やはりこの人たちにしかできない世界観がある。

【和牛(敗者復活枠)】
2本ともクオリティをきっちり揃えてきたあたり、やはり確固たる実力を感じさせるし、他のネタも観たいと思わせる力がある。

1本目がドライブ、2本目が花火大会という同方向のデートネタを2本揃えてきたのも、クオリティの安定に一役買っているとは思うが、逆にそこが2本目を縮小再生産っぽく見せてしまったかもしれない。
実際には2本目も、クオリティは1本目同様に高かったのだが、今回ほどの僅差勝負になってくると、そういう戦略的な部分も少なからず(そして決定的に)作用してくるだろう。

とにかく人間の嫌な部分を細かく炙り出すボケのセンスが秀逸で、そこに関西のテンポ感の良いツッコミがジャストタイミングで入ってくる。
描写のレベルも細かく、2本目で迷彩柄の服が思わぬところで効いてくるあたり、すっかりしてやられた。

最終決戦を3者が終えた時点で、個人的には和牛が優勝するのではないかと思った。彼らの2本目のクオリティには、それくらい確かなものがあった。


《『M-1グランプリ2015』感想~「ネタ」と「キャラ」の融合が生み出すミラクル薄毛ファンタジー~》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-301.html

《『M-1グランプリ2010』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20101226/1293372609

《観客の反応がすべてを支配しすぎ、だが結果は意外と順当 ~M-1グランプリ2009総評~》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20091222/1261426486

《「スピードで誤魔化せる範囲は限られる」M-1グランプリ2008総評》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20081222/1229948554

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『キングオブコント2016』感想~「縦に掘り下げる」笑いと「横に展開させる」笑い、それぞれの妙味~

キングオブコント2016

コントには、大きく分けてネタを「縦方向に掘り進める」型と「横方向に展開させる」型の2つがあるような気がする。いやコントに限らず、映画であれ漫画であれ文学であれ、そういう選択肢は常にある。

たとえば面白いワンフレーズを思いついたときに、それを良きタイミングでかぶせたり、表現をさらにエスカレートさせることで笑いを取っていくのか、それともそのフレーズを徐々に変形させ、あらぬ方向へと展開させながら意外性の笑いを生み出していくのか。

前者=「縦型」の典型は昨年のロッチの試着室ネタであり、後者=「横型」の典型はかもめんたるのネタに多く見られる。

もちろんその組み合わせというのもあって、縦に掘ったり横に広げたりしながら進んでいくのが理想形なのかもしれないが、しかしそこには「時間」という大敵が立ちはだかる。

今回の『キングオブコント2016』を観て改めて思ったのは、「4分間」という制限時間の難しさだった。もちろん6分なら6分の難しさがあり、15分には15分の難しさがある。それはわかっているのだが、「4分」という時間はどうやら、縦に掘る、つまりワンアイデアに頼ってかぶせて最後まで押し通すには長すぎ、一方で話を横へ展開させ広げていくには短すぎる。

いやむしろ難しい枠組みだからこそ、ちゃんとそれぞれの実力差が浮き彫りになる、ということでもあるのだが。縦でも横でも構わないが、どの方向にしろ「4分」という厳しい制限時間の中で、なにかしらの「飛躍」が求められている。

それでは以下、登場順にネタの感想を。

【しずる】
刑事2人が犯行現場へ突入。しかしその直前に、犯人がすでに捕まっていると知らされる。しかしなぜか現場突入プレイを続行する2人。

「犯行現場に犯人がいない」というコントの仕掛けが早いぶん、後半まで緊張感を持たせるのが難しい。

ベタの裏をかいた設定が枠組みとしてきっちり機能しているぶん、定番の逆をついたボケを安定して積み重ねていくことができるが、同時にその安定した場所からはみ出すのが困難にもなる。

お約束でもその真逆でもなく、最終的には第3の方向にまで行ってほしかったが、そうなると時間が足りない。

【ラブレターズ】
溜口の歌唱力を生かした歌ネタでありながら、それが塚本演じる高校球児のストーリー説明になっているという、ハイブリッドなスタイル。

ただ、歌の分量が多く、歌詞も替え歌というほど原曲を生かして遊ぶわけではないため、物語を説明する時間がかなり続く。

それゆえボケまでのストロークが長く、さらにはボケが野球好きでないとピンと来ないものであったため、苦戦を強いられることになった。

「スリーバント失敗」というのが選手にどれだけのダメージをもたらすか、僕は野球少年だったのでもちろんわかるが、一部のファンを除けば昨今の野球離れはかなり進んでいるようだから、たぶんわからない観客も多かったのではないか。

【かもめんたる】
1本目の遠距離恋愛も、2本目のヒッチハイクも、中盤で狂気性が露わになり、最終的には怖がらせて終わるという展開。

その中に、1本目の花を贈るゼスチャーであったり、2本目の「冗談どんぶり」というフレーズであったり、定型を縦にかぶせていく方法も入れ込んでいる。しかしそこがむしろあまり機能せず、横方向への展開を邪魔しているようにも思えた。

【かまいたち】
1本目はただ「首が下がる」というだけのマジックの繰り返しで、典型的な「縦に掘り下げる」系のネタと言っていいと思う。何度も繰り返されるうちに、いつの間にかそれを「もっと、もっと」と期待してしまうという意味でも、昨年のロッチの試着室ネタに近い感触。

横方向への展開には色気を見せず、これ一発で勝負してやろうという蛮勇がまた笑いを誘う。シンプルでありソリッド。

2本目はホームルームで給食費の盗難を問いただすという定番設定だが、犯人が自白癖のある生徒であるがために様相は一変。おかげで彼の壊れた因果律に巻き込まれ、まともなはずの教師が混乱を来すという見事な転倒が起こる。

最後にもうひとつ驚きが欲しかったが、ひとりの狂った価値観が全体をひっくり返す様は痛快ですらあった。

【ななまがり】
「茄子持ち上げるときだけ左利きだよ」という不条理なフレーズが頭の中を巡り巡って悪戯をするという、説明しても何が何だかわからない設定。

脳内の思考回路を具現化する手法は面白いが、現実と狂気が両極端で、その間の曖昧で一番「おいしい部分」が出てこないのがどうにももどかしい。

【ジャングルポケット】
「他人が用を足しているトイレのドアを開けちゃった」というだけのことが「トイレの個室に3人いる」異様な状況を呼び込み、さらに「誕生日サプライズ」へとぐるぐる展開していく。

速度も密度もある圧倒的な展開力で、完成度は随一。

2本目は病院での余命宣告から、その余命の驚くべき短さをどう使うかというある種の大喜利的展開。こちらも次々と展開して観る者を飽きさせないが、1本目に比べるとやや枠内に収まった印象ではあった。

彼らの場合、どうしても斉藤の派手な演技に目が行きがちで、たしかにそれが世界観への入口として重要な機能を果たしているのは間違いない。

しかしその根底を支えているのは、このアクロバティックな高速展開を可能にしているシナリオのクオリティであると思う。

【だーりんず】
結婚式前日の父子の会話。

父の告白により発覚した複雑な父子関係よりも、父親が童貞であるのかが気になってしょうがないという一点で話が進む。気になるポイントもやや強度が足りず、特に展開もないためあまり印象に残らなかった。

【タイムマシーン3号】
1本目は、カツアゲした相手が打ち出の小槌。小銭で行けるとこまで押しつつも、後半は小銭→小判→巨大な石のお金と、飽きさせない展開がしっかり用意されている。

2本目は演劇の本読み練習。こちらも後半には言葉遊び的な展開が少し用意されているが、ここはちょっと蛇足だったような気も。

【ジグザグジギー】
箸で蠅を捕まえる達人が蠅を捕まえ続け、もう1人がそれにツッコミ続けるというシンプルな内容。

これも典型的な「縦型」のネタだが、「箸で蠅を捕まえる」という第1インパクトを終始越えられなかった印象。

【ライス】
1本目は、銃を突きつけられているほうが偉そうな指示を出しまくるという逆転現象。

これも定番を裏返す形だが、要求をエスカレートさせていくさじ加減が巧妙で、徐々に引き込まれた。ただし、引き込まれるまでに結構な時間がかかったため、前半はやや退屈だった。

2本目は、喫茶店の客とウエイターの間に起きるトラブル。こちらも良くある設定かと思いきや、水をこぼされたのではなく単なる尿失禁だったことが明らかになり、状況は一気にねじれてくる。

そのねじれ状態が絶妙だったが、失禁の発覚という最大の驚きが結構前半にあったため、やや尻すぼみの印象も。


個人的には、ジャングルポケットが一番面白かったと思うが、2本目より1本目のほうが良かったため、採点上はやや不利な状況であったのかもしれない。一方で優勝したライスのネタには、観る側が面白さを自ら探す余白のようなものがあり、そこは特に現行審査員に玄人受けする部分もあったのではないか。


《『キングオブコント2015』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-299.html
《『キングオブコント2014』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-282.html
《『キングオブコント2013』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-247.html
《『キングオブコント2012』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-200.html
《『キングオブコント2011』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20110924/1316792355
《『キングオブコント2010』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20100924/1285257143

『M-1グランプリ2015』感想~「ネタ」と「キャラ」の融合が生み出すミラクル薄毛ファンタジー~

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やはり「キャラクター」は強い。「キャラクター」と「笑い」の間には、間違いなく密接な関係がある。

とはいえ『M-1グランプリ』は漫才、つまり「ネタ」の勝負である。しかし漫才のネタというのは、あくまでもネタでしかなくて、それ単体では存在し得ない。必ずそれを演じる「キャラクター」がいる。だから必然、漫才のクオリティは、「キャラ×ネタ」という複合的な構図になる。

今大会、その掛け算における最大値を弾き出したのがトレンディエンジェルだった。キャラクターとネタの一体感、それに尽きる。漫才ネタの中に登場するあらゆる言葉と動きが、キャラクターを生かす方向にのみ的を絞って機能している。

「面白いことを言う人」に見えるか、「面白い人」に見えるか。その違いは大きい。キャラクターとネタが乖離していると、言ってることがどんなに面白くても、「面白いことを言う人」に見える。しかしキャラとネタが溶けあって一体化すると、その人は「面白い人=何をやっても面白い人」として認識される。後者はある種「ゾーンに入った」状態であるから、「最高のネタを2本揃えるのは難しい」と言われる『M-1』のような大会においても、2本揃えられる確率が格段に高くなる。

その「ゾーンに入った状態」を、「ファンタジー」と言い替えてもいい。キャラとネタが融合したところには、自動的に「世界観」が生まれる。世界観というと笑いとしては格好が良すぎるかもしれないが、たとえばトレンディエンジェルの漫才には、「禿げが堂々と禿げている」という独自の世界が、その乏しい毛髪の合間から見え隠れする。

いったい何を言っているのであろうか。しかし彼らが単に禿げキャラだから優勝できたわけでは断じてない。その「キャラクター」にとことんこだわり抜き、その一点を生かし切る覚悟があったからこそのクオリティであるはずだ。そのうえ斎藤さんの場合、「禿げなのになんか格好いい」という矛盾した2つの要素を、どういうわけか両立させている。これはもう生かすしかない逸材なわけだが、そこを生かすことにフォーカスし全身全霊を注ぎ込んだ彼らのネタが素晴らしいということもまた、間違いがない。

すっかり一周して「キャラ」の重要性の話から「ネタ」が大事だという話になったが、別に言いたいことが変わったわけではなく、トレンディエンジェルの場合、それくらい不可分な状態までキャラとネタが一体化している、ということが言いたい。

正直、2本目が終わった時点で、間違いなく満票獲得の完全優勝だと思っていたので、むしろ数票ほかに流れたことが意外だった、というぐらいの圧勝だった。

とりあえず、今後売れてから髪の毛を急に増やそうとしたりしないように、と祈る。

それでは、以下登場順に。

【メイプル超合金】
ルックスのインパクトのわりに、コツコツとヒットを打ってくる感触だったのは、設定という設定がなく、小ボケの連続に終始していたせいだろう。打率は低くないが、後半に向けてボケが積み上がっていく形になっておらず、横に並べて終わったという印象。四角四面なツッコミが、ボケを広げきれていないのもやや物足りなかった。

【馬鹿よ貴方は】
低いトーンと充分すぎる「間」により、「面白いことを言いそうな雰囲気」を醸し出しすぎているため、ボケのハードルが必然的に上がり、その上がりきったハードルをワードセンスが越えられていない。実は意味不明なほどトリッキーなことを言っているわけではないので、ハードルの上はもちろん、下をくぐるというような裏技でもなく、モヤモヤした感じだけが残る。雰囲気は充分に持っているので、それを生かす言葉が欲しい。敗退決定時の台詞「やっと『M-1』らしくなってきましたね」が面白く、あのひとことに可能性を感じた。

【スーパーマラドーナ】
前半の振りがしっかり効いて後半徐々に盛り上がってくるという意味で、完成度が高い。伏線も着実に回収され、終わり方も鮮やかで、しっかり練られているのが伝わってくる。逆にその完成度や巧さが、彼らのキャラクターが本来持っていそうなスケール感を小さく閉じ込めてしまっている印象も。

【和牛】
一般的な感情にモラルで徹底抗戦する理詰めの漫才。一挙手一投足に至るまで揚げ足を取り続けるその執拗さで、屁理屈の塔を着実に築いていく。期待した方向への満足度は非常に高いが、反面、ここまで徹底していると、ふと意外性が欲しくなる。

【ジャルジャル】
徹底した言葉遊びによるディスコミュニケーション。通常の会話ならばスムーズに流れていくはずの紋切り型の言動をわざわざ破壊することで、言葉や常識の無力さを炙り出すという、とても文学性の高いスタイル。90点弱の似たような点数が並ぶ中、他に差をつけるにはやはり既存の何かを破壊しなければならないということを改めて証明してみせた。しかし2本目は、皮肉にも自らが1本目で生み出した成功例を忠実になぞった結果、紋切り型に陥ってしまった。

【銀シャリ】
ジャルジャルに続き、こちらも言葉遊び系。しかし言葉の破壊にまでは至らず、あくまでも意味の範囲内をギリギリまで攻めるという形。「醤油フェスティバル」「やり口がボン・ジョヴィ」あたりのツッコミの言葉選びが秀逸で、オーソドックススタイルの漫才でありながらも、その限界点まで攻めている。2本目も同じく言葉遊びだが、細かい言い間違いの指摘から発展するところまでは至らず、1本目には及ばなかった。

【ハライチ】
自らの武器である「ノリボケ漫才」をいよいよ封印して挑んだ「王道」。しかし「王道」には、ありがちであるという「落とし穴」が常に仕掛けられている。設定はダウンタウンの誘拐ネタを思わせるもので、その影響下にあるフットボールアワーにかなり近い感触。澤部独特のイントネーションがなんとか個性を主張してはいるが、オーソドックスな「型」の中で合格点を取りにいった印象は否めない。トリッキーな「ノリボケ」スタイルの次を担うのは、「王道」ではなくまた新たな変化球であるということか。それが難しいのは百も承知で。

【タイムマシーン3号】
彼らもまた言葉遊び系だが、デブキャラを生かした「デブ語変換」であるぶん、「キャラ」と「ネタ」のシンクロ率は高い。中盤からは「デブ語変換 vs ガリ語変換」という対立構造も取り入れて飽きさせない。とはいえ「デブ語」に比べると「ガリ語」の方はやや弱く、後半やや失速した時間帯もあったが、ラストの3文字「タニタ」でしっかり盛り返してきた。ネタの完成度が高いぶん、優等生的な巧さが見えすぎる瞬間が少なからずあって、いい意味で人を食ったような雑さが欲しい気も。

【トレンディエンジェル(敗者復活枠)】
レベルの高い漫才を2本連続で繰り出せたのは、彼らがネタの中でネタを売り込むのではなく、キャラを売り込み続けてきたことの正当な結果だろう。やはりキャラクターに芯がある漫才は強い。どうしても斎藤さんにばかり目が行きがちだが、観客の疑問を的確に代弁してみせるたかしのツッコミ精度も相当に高く、まさに「痒いところに手が届く」ツッコミを毎度繰り出してくる。当然斎藤さんのワードも高精度を誇るが、それを大事に扱うのではなく、聴き取れるか聴き取れないかギリギリの速度で雑にパッと(ペッと?)放り投げる感じがなぜだか格好いい。もちろん本当に雑なわけではなく、楽器のアドリブ演奏のような絶妙な呼吸がそこにはあるが、その投げっぱなし感がネタに独特のドライブ感を与えている。妙に爽快感のある優勝。

《『M-1グランプリ2010』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20101226/1293372609
《観客の反応がすべてを支配しすぎ、だが結果は意外と順当 ~M-1グランプリ2009総評~》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20091222/1261426486
《「スピードで誤魔化せる範囲は限られる」M-1グランプリ2008総評》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20081222/1229948554

『キングオブコント2015』最高得点をマークしたロッチの1本目は、何がどう凄かったのか?

キングオブコント2015

『キングオブコント2015』にて、500点満点中478点という最高得点を叩き出したロッチの1本目(試着室ネタ)。2本目のユルさが大きく足を引っ張って優勝こそ逃したものの、このネタが今大会のハイライトだったと感じた人も少なくないだろう。得点だけでなく、審査員からも絶賛の声が続々あがっていた。しかし一部では、「あんな繰り返しネタの何が面白いのか?」といった意見も少なからず見受けられる。実際、大会翌日にお笑い好きの友人と話していた際にも、「何が面白いのかわからなかった」「繰り返しなので先が読めてしまう」「途中で飽きた」「あれじゃドリフでしょ」という批判があった。その気持ちは凄くよくわかる。しかしそれでも、このネタはやっぱり最高に面白く、非常にレベルが高いと僕は思う。

このネタに関して、改めて個人的に考えたことを書いていきたいと思う。それは主に、笑いにおける「繰り返し」と「展開」と「推進力」の話になると思う。特に、「繰り返し」と「展開」は相反する要素ではない、ということについて書くことになるだろう。「繰り返し」の中にも、というよりは「繰り返し」の裏にも、「展開」はある。

ロッチのあの試着室のネタは、「客が試着室でズボン穿けたと言っているにもかかわらず、店員がカーテンを開けてみたら途中までしか穿けてなくてパンツ丸出し」ということをただひたすら繰り返すというだけの内容である。もちろん繰り返しの中で使われている台詞回しや行動は厳密に言えば同じではなく、その細かな違いが展開上重要な鍵を握っているのだが、基本的にこのネタが同じ行為の「繰り返し」を中心に成り立っているのは間違いない。

ではそもそも、「繰り返し」とはなんなのか? もちろん「同じことを何度もやること」だが、それはあくまでも見かけ上の、「行為」としての「同じこと」を意味する。つまり「行為」以外の要素、たとえば、その行為に伴って発生する「感情」であったり、その行為から受け取る「意味」というものは、「繰り返し」の行為の中にあっても、何かしらの「変化」をする。1度目にその行為を見たときのリアクションと、2度目にそれを見たときのリアクションは、むしろ異なるのが自然だ。

たとえば人はよく、「1度目の失敗は許されるが、2度同じ失敗をすることは許されない」と言う。みな1度目の失敗に対しては比較的寛容で、「慣れてないからかな」「偶然かな」「運が悪かったのかな」などと考えて許すことが多い。むしろ許さないと、狭量な人だと思われる。

だが2度目の失敗に関しては、その失敗の行為はまったく同じであるにもかかわらず、いま挙げた3つのエクスキューズはすべて無効となり、「許せない度合い」が一気に上がる。1度すでにそれを経験しているということは、その失敗の原因は「慣れていない」からでも「運や偶然」によるものでもなく、ほとんど本人の能力や心がけの問題として咎められることになる。1度目の失敗は笑って見過ごせても、2度目の失敗により、その微笑ましい気持ちは失望や怒りに変わる。1度目の失敗で能力の高低を判断するのは拙速にすぎるが、2度目の失敗によりその能力的欠陥は早くも決定的となる。

つまり同じ失敗行為であっても、1度目と2度目では、それによって生まれる「感情」と「意味」が、まったく異なるということだ。3度目ですっかり失望し、4度目でむしろ確信犯の疑いが浮上、5度目に至っては狂気すら感じるようになる、なんてこともある。ここで言う失敗を、お笑い的に「ボケ」と言い替えてみると、このコントの本質が見えてくる。

これは別の言いかたをすれば、同じ行為が繰り返されてゆく中で、それに伴って生まれる「感情」と「意味」が、同じ場所で停滞するのではなく様々に「展開」し、ある方向へと確実に「進行」しているということである。

僕も過去に同大会のレビューで触れてきたように、いまのお笑いネタは常に「展開力」を求められている。たとえ設定が面白くても、進み方が直線的であったり、状況の変化に乏しいネタは後半飽きられる。と同時に、物語を前へ前へと進める「推進力」もまた、観衆を引っ張ってゆくためには不可欠な要素であり、つまりは速く、しかし直線的でなくジグザグに前へと進む、スラロームのような進行が理想だと言えるかもしれない。もちろん例外は存在するはずだが。

そういった意味で、このロッチの試着室コントに関しては、「繰り返しばかりで展開がない」「状況が停滞して前に進まない」といった批判が持ち上がってくるわけだが、それはあくまでも見た目上の話でしかない。その繰り返される愚行(ズボンが穿けてないのにカーテンを開ける許可を出す)のバックグラウンドで、その行為が観衆の心の内に呼び起こす「感情」や「意味」は、確実に、むしろ激しく「進行」し「展開」している。失敗を重ねるにつれ、可愛げのあるドジはやがて確信犯のキナ臭さを感じさせ、徐々に恐怖を身にまといつつ、対話不能な狂気へと向かってゆく。当初は「伝えかたによっては直るかな」と感じていた症状が、少しずつ改善の可能性を減少させつつ、最終的には「コイツにはなに言っても無駄!」という、更正の余地ほぼゼロの重症状態へと「進化」(退化?)してゆく。

つまりこのコントの評価軸を、ただ繰り返される「見た目の状況」ではなく、それを観た際の「自分の心の中の感情や意味の変化」に置いた人が、このコントを面白いと感じた、ということなのではないだろうか。

そしてもうひとつ、このコントにおいて、彼らが非常に勇敢な選択肢を取っている部分がある。それは、中岡の「ズボンが穿けてる度合い(=穿けてない度合い)がずっと変わらない」ということである。

最後に下げたり上げたりする箇所はあるが、そこまでのルーティーンの中では、何度カーテンを開けても中岡のズボンの位置(つまりパンツの見え具合)は変わらない。先に書いたように、昨今のコントにおいて、「状況が前に進んでいるという手応え」というのは重要な要素で、このコント設定の中で物語の進行を示すには、「徐々に穿けてるラインが上がっていく」というのが最も確実であったはずだ。それによって、「次にカーテンを開けたら、ズボンはどこまで上がってるんだろう?」という興味と緊張感が生まれる。

しかし彼らは、そういう安易な進行をあえて封じるという選択をした。その結果、「穿けてるラインがいっこうに変わらない」という見た目の「動かぬ状況」が、中岡の「本気で穿く気のなさ」を伝え、その「穿く気のなさ」が受け手の脳内に、「じゃあこの男は何しに試着室へ入ったんだ?」「単なるひやかしなのか?」「だとしたらなんで7割方穿いてるんだ?」「これは新手の詐欺(穿く穿く詐欺)なのか?」「こいつは生まれてこのかた、一度もズボンを真の意味で穿けたことがないんじゃないか?」「いや逆にこの状態こそが、このズボンの正式な穿きかたなのか?」「ひょっとして単に頭のおかしな奴ってだけ?」というような、様々な思考の展開とスリルをもたらすことになった。

――と、こうやって執拗に考えてみたところで、別に面白さの本質が「わかる」わけではない。しょせん「わかる」ようなことはたいして面白いことじゃないし、「わからないまま面白い」というほうが凄いかもしれない。というわけで最後に、ラジオ『爆笑問題カーボーイ』で太田光がロッチのこのネタに贈った賛辞を引用して締めくくりたい。長々と書いてきたが、これだけで充分かもしれない。

太田光「ロッチ最高!(中略)あいつら、パンツ見してるだけなんだもん」

『キングオブコント2015』感想~笑いの「純度」と「コストパフォーマンス」~

キングオブコント2015

笑いにもどうやら、「コストパフォーマンス」という尺度があるらしい。それでは言葉の持つイメージが悪すぎるというのなら、思いきってそれを「純度」と言い替えてもいい。この二つはまったく違う、ともすれば正反対に響く言葉だが、「余計なものが削られている」という引き算の感覚と、ストイックな姿勢には大いに共通点がある。そして今回の『キングオブコント2015』では、もっとも笑いの「純度」が高い、あるいは「コストパフォーマンス」の高いコロコロチキチキペッパーズが優勝した。

ここで言う「コスト」とはお金のことではなく、ざっくり言えば「時間と手間」というような意味で、つまりは大掛かりな道具や複雑な設定をあまり持ち込まないシンプルなネタであるほうが、結果的にパフォーマンスが高評価になる(笑いの効率が良い)ということになる。いや、これは「ということになる」というほどの絶対的な真理ではなくて、どちらかというと受け手である我々が無意識のうちにそういう尺度で判断を下しているのではないか、と感じただけなのだが。しかし今回の得点経過を見ていると、それは僕ら視聴者だけではなく、審査員の中にも同じく存在している感覚なのではないかと感じた。

その尺度でいくと、今回の中ではロッチの1本目が最も「コストパフォーマンス」が高く、次いでコロコロチキチキペッパーズの1本目、そして同じく2本目という順番になるのではと個人的には思う。

そして今年から、審査員が松本人志、さまぁ~ず、バナナマンの計5人になるという大きな変革があった。人数だけで考えれば、これまでの100人から5人というのはとんでもない激減だが、もちろんそういう問題ではない。コンビの両方が審査員席にいるというのは案外珍しくて、大会前には「ボケのほうの人だけでいいのでは」とか、「コンビの価値観は似ているから、これでは実質3人ということになってしまうんじゃないか」という懸念もあったのは事実で。

特にさまぁ~ず三村とバナナマン日村の二人に関しては、視聴者だけでなく本人の口からも、ラジオなどで不安が飛び出すほどだった。しかしこの二人が、時に相方の知性を覆すような一撃を放つ瞬間を、彼らのファンならば何度も目撃してきたはずで、今日も感覚を必死に言葉に練り上げたようなその講評が、とても芯を食っていると感じる場面が何度かあった。

今回の5人は若手芸人たちにとって、いま最もコントを観てもらいたい人たちでもあるだろうし、この人たちにもらった太鼓判は、この先の活動に際しても大きな自信となるだろう。そういう意味も含めて、これはこれで審査される芸人にとっても視聴者にとっても、納得度の高い形だったのではないだろうか。

それでは以下、登場順に個別の感想を。

【藤崎マーケット】
ストリートパフォーマーが踊っている様子に、「やはりダンスか」という言葉が一瞬頭をよぎるが、むろんだからといってリズムネタというわけではなく、むしろカッチリとした物語設定のある親子コント。

「父親の言葉に対して踊りでこたえる息子」というコミュニケーションの行き違いが笑いを誘うが、その踊りが普通なのか異様なのかが、ストリートパフォーマーを日々目撃していない向きにはイマイチわかりづらく、何をベースにどう崩しているのかがスムーズに伝わって来ないというもどかしさが終始あった。

設定はシュールだが、展開は繰り返しをベースにエスカレートさせてゆくというベタなものであり、結果、シュールとベタの狭間に笑いが埋もれてしまったという印象。最後にもうひとつドラスティックに展開させて、シュール方面に突き抜けていくのを観てみたい。

2本目はお化け屋敷設定で、1本目同様、やはり親子による「場違いな交渉」パターン。と思いきやまったくの人違いだった、という後半の展開が待ち受けており、1本目に足りなかった要素を補っているようではあるのだが、なぜかその後なんとなくいい感じにソフトランディングしてしまい、展開を緊張感につなげられなかった。人違いだとわかったことでもうひと悶着あって、さらに事態がこじれて収拾がつかなくなる――というところまで行って欲しいが、それは時間的にも難しいか。

【ジャングルポケット】
1本目は寝取った男が逆ギレし、それを第三者がどういうわけか擁護するという、3人編成ならではの「2対1」のフォーメーション。ここで本来無関係な第三者が、明らかに間違っているほうを全力で擁護するのが彼らの面白さ。

立ち上がりが良く出だしからハイテンションなぶん、後半に向けて上昇曲線を描いていくのが難しく、ややフラットに感じられるというデメリットもあるため、後半に何かしらのもうひとひねりが欲しくなる。

対して2本目はキャラクターの配置が異なり、「全員悪い奴じゃないが全員が間違っている」というある種理想的な無双状態へ突入。やはり安定のクオリティだが、「斉藤の濃さに慣れてきたあたりで終わる」という物足りなさは若干残る。

【さらば青春の光】
1枚も絵を描いたことがない画家とその弟という設定。最初の笑いまでがかなり長く、審査員の三村も指摘していたように、1個目の笑いまでのストロークが長いと、自動的に観ている側のハードルが上がる。その先に待っているのが、「1枚も絵を描いたことがない画家」くらいだと、やはりパンチが弱い。

正直、「1枚も描いたことがないのに画家になりたいと言ってる人」とか「1曲も作ったことがないのに作曲家になれると思っている人」くらいは結構いるような気がするので、ここはもっと思い切ってパーセンテージの低い「あるある」を持って来るべきだったかもしれない。

昨年のネタが秀逸だっただけに、それに比べると……というのもある。

【コロコロチキチキペッパーズ】
「少年と妖精」といういかにも漫画的設定の1本目。基本的には、「泣いたら消えちゃう妖精なので泣いたらダメなのに、どうしても泣いちゃう少年」というだけのごくごくシンプルな話。

しかし途中からルールをたったひとつ追加することで、適度に事態を複雑化させることに成功し、最後まで飽きさせないというあたりに工夫がある。設定の説明に余計な台詞を必要とせず、そのぶんスピーディーな展開が可能となっているというのも強み。

卓球のダブルスというだけの2本目も、また極度にミニマムな設定であり、内容というほどの内容はほぼ皆無に等しいが、同じ動きを繰り返すうちにだんだん面白く感じられてくるという不思議な魅力がある。音楽でいえば「メロディー」ではなく「グルーヴ感」ということになるだろうが、本当に笑い以外何も含まれていないという「純度」の高さが、きっとそのグルーヴの中心にある。

2本目よりは1本目のほうが面白いとは思うが、2本揃えての見事な優勝と言っていいと思う。

【うしろシティ】
「悪魔とのスムーズに行かない取り引き」という藤子不二雄A的な設定は魅力的だが、基本的には一問一答の繰り返しであるため、徐々に飽きが来てしまう。

「老人がゲートボールのゲートで魔法陣を作った」という最初の設定ボケが一番面白く、以降のアイデアがそれに勝てないというもどかしさを感じた。

コントのバリエーションが豊富でいろんな角度を持っているコンビなので、期待は大きい。

【バンビーノ】
1本目は魔法使いと犬。ここまで魔法設定が3本続いてしまったのは偶然か流行か。歌でもダンスでもないが、リズムと間で勝負するという意味では「リズム芸」と言える。

ファンタジックな世界観があり、その世界観に観客を引き込むのが早く、設定の説明も最小限。ここにもまた繰り返しによる「グルーヴ感」は強固にあるが、その種類はコロコロチキチキペッパーズの2本目とは逆で、後半にやや飽きが来る。音楽でもそうなのだが、リズムがジャストに気持ちよくハマりすぎていると、馴染むのも早いが飽きるのも早い。そこはリズムネタが抱える永遠のジレンマかもしれない。

それに対して2本目はマッサージ店設定の普通のコント――のはずが、やっぱりリズムネタだった。完成度は非常に高いのだが、それゆえに「笑うよりも感心してしまった」というのが正直なところ。ここは評価が難しい。

【ザ・ギース】
最初にベタでつまらないコントをやり、それを匠が見事にリフォームしてみせるというメタ構造のコント。斬新な展開で、前半をまるまる犠牲にしたぶん、後半の見返りが大きい、という計算の上に成り立つ方法だが、やはり短時間だと前半の損失があまりに大きいというリスクがある。

中間地点に大きな転換点(ビフォーからアフターへ)を作ってしまうと、ある種そこでオチてしまい、以降尻すぼみになる、ということもある。

このチャレンジ精神は大いに買いたいし、個人的に好きな作風のコンビだが、「型」が強いと「型」でしか評価されなくなる、という危険性も。

【ロッチ】
最高得点を叩き出した1本目は、「試着室でズボンを穿けたと言ってるのに、その実穿けてなくてパンツ丸出し」というだけのことをただひたすら繰り返すという、最高に「くだらない」内容。「くだらない」というのは笑いの「純度」が高いということでもあり、最小限の内容で最大限の笑いを取るという意味では、「コストパフォーマンス」が高いということでもある。

笑いの根底には、そもそも「間違い」や「すれ違い」が必要不可欠だが、そのレベルがここまで根本的というか原始的というか、つまりはバカバカしい間違い1発でよくぞ行けると判断したものだ。こういう判断力と勇気をセンスと言う。

最初はちょっとしたすれ違いかなと思ったものが、繰り返してゆくにつれ、ある種の狂気性を帯びてくる。同じようなことを繰り返してはいるが、前回と同じフロアにはいない。これは螺旋階段のように上がっていくタイプの「グルーヴ感」であり、その点においてコロコロチキチキペッパーズの2本目にも通ずる。

一方で2本目は完全に力の抜けた感じで、むしろこっちがいつもの愛すべきロッチという感触なのだが、明らかに緊張感がなく、コンテスト向きではなかった。これは単純にミスチョイスだろう。

【アキナ】
ペットの鳥にまつわる価値観の違いですれ違う二人。説明台詞が長く、ひとつ目の笑いまでが遠い。二人の価値観にも、それぞれさほど意外性はなく、「ペットを愛する飼い主」と「そうでない人」という紋切り型の構造をなぞる以上のものにはならなかった。

設定と展開のどちらかには冒険が欲しい。

【巨匠】
一見したところ回転寿司屋の先輩店員と後輩店員。しかしその実、先輩のほうはカウンター内に足をコンクリ漬けにされているという衝撃の事実が明らかにされる。

この突飛な設定の衝撃度は群を抜いているが、それゆえか設定が明かされる箇所で笑いのピークを迎えてしまい、以降のボケが設定の強さに勝てないという問題は、今回のうしろシティにも共通している。

この設定を完全に生かしきれたら、きっととんでもないものができるような気がするが、誰の手にも余る設定であるとわかっているからこそ、そう感じるのかもしれない。

《『キングオブコント2014』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-282.html
《『キングオブコント2013』感想》
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《『キングオブコント2012』感想》
http://arsenal4.blog65.fc2.com/blog-entry-200.html
《『キングオブコント2011』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20110924/1316792355
《『キングオブコント2010』感想》
http://d.hatena.ne.jp/arsenal4/20100924/1285257143